ましかば、まし。


HASAMI group。

音楽としては非常に好きで、しばしばyoutubeで視聴してしまうのだが、この曲は、ちょっと、待ってくれよ、と思う。
ワンフレーズごとに、「ましかば、まし。」を挿入しなければ聴けない。それは、気恥ずかしさのようなものではない。むしろ、わたしは気恥ずかしいものは好きである。
単純に、「反実仮想」だ、と思うのだ。

タイトルからして、「病気が治ったら」である。
わたしの少しばかしの経験からいって、病気とは治らないものだ。
わたしの病気も治らないし、父親の病気も治りはしない。

だが、「寂びた蛇口の/水を飲み/悲しい笑顔を見せる」というフレーズは文句無しに良いと思う。

後半は、わたしは、全部「ましかば、まし。」に変換して聴いている。

今ごろ、あんたは飛行機のなかだろうが、そしてあんたはここをみいひんだろうが、この曲に「ましかば、まし。」を付けて、あんたに届けば良いと思う。

それにしても、富田靖子はさいこーだな。

R.W.ファスビンダーの隠れファンであることについて。

はじめてみたライナー・ヴェルナー・ファスビンダー作品は『13回の新月のある年に』だった。
臓腑を抉られる気分に陥り、しばらく体調が悪くなったことを覚えている。
それ以来、少しずつほかの作品も見るようになったが、上記の作品だけはめったに他人に薦めたくなく、
結局、ファスビンダーの他の作品も他人に薦めるのもなんとなく気が引けるのだった。

大学一年の頃に、雑誌イメージフォーラムの『ファスビンダー研究』号を手に取って以来、
ずっと気になり続ける監督であり、俳優であったのだが。。

きょう、『来たるべきファスビンダー』というUSTREAMをみ、なんだかファスビンダーが好きであることをもっと云ってみても良いのかな、と思うようになった。再現映像や再現パラパラ漫画、再現朗読などにも度胆を抜かれ、また渋谷哲也氏をはじめとするトークも湿っぽすぎず、硬すぎず、かといって軽快といったものにはなりようもなく、素晴らしかった。

今後も、続く番組であるらしいので、また、再現映像やオマージュの映像、或いは詩!なども募集しているとのことなので、世の中の隠れファスビンダー・ファンは思い切って、参画すれば良いのではないだろうか。

http://www.ustream.tv/channel/fassbinder



最後に、昔書いた覚書をここに挙げてみる。ほんとうに、メモでしかないのだが。

『愛は死より冷酷』(1969 R.W.ファスビンダー)をみる。

ブルーノ、フランツ、ヨアンナ。
三人とも、どこか冷めきったやりきれない殺伐さを持った表情と眼差しをもっている。
ブルーノがフランツに時折むける、あの屈託のなさそうな笑みすら、
ギャング組織へと導くための、思惑のひとつだったのか、そうではないのか
は最後までわからない。

三人がミュンヘンの河川敷を歩く場面が好きだ。
フランツはひょろひょろとどこか剽軽な歩き方を続け、遊んでいる。
彼を挟んで、ヨアンナはフランツに応答しているような、していないような仕草を続け、
ブルーノはいつも通り、すらりと背筋を伸ばして、無駄のない動きで一歩先を行く。

三人の髪や服が、河川敷を吹く風に煽られている。

これは、単なる男二人、女一人の痴話げんかめいた物語ではない。
むしろ、それとは正反対に、それぞれの余りに乾ききった思惑が錯綜していく。

ブルーノははなから目的をもって、フランツに近づいてことが明らかになり、
また、銀行強盗の計画は、ヨアンナの土壇場での裏切りにより失敗し、ブルーノはあっけなく命を落とす。

ぶっきらぼうに車中から捨てられた、死体をよそに、車は疾走し、
フランツはヨアンナに呟く、「売女め」と。

白い壁をバックに、カメラに視線をむける役者たちの、ざらついた表情。

最低限の台詞と芝居、時折挟まれる長回しのショットによって、物語は駆動していく。

『プレーンソング』(保坂和志)覚書

ぼくは小説を読んでも粗筋が書けないし、想いだせないタイプの人間だが、この小説なら3行で書ける。

30男が、猫と競馬にはまり、同じように猫と競馬にはまっているひとびととの日常を語って物語は進行する。
中村橋のマンションに集ってきたひとびとともに鎌倉の海へ出かけて
終わり。



つまり、この小説では粗筋など書いても何の足しにもならない。

例えば常にビデオを回しているゴンタという青年はいう。

「映画ってしゃべっているひとを中心に撮るでしょ。そうすると聞いているほうのひとが何をしているかわからないでしょ。話しているだけでしゃべっている人の動作なんてだいたいわかるでしょ」

「物語性」への執着や表現の欲求をもたないようにみえるゴンタは粗筋が覚えられない。物語る欲望もない。

では何故、ビデオを常に携えているのか。
それは個人が手持ちでだらだら撮るビデオ映像は徹底して受け身だからだ。

ゴンタ自身の思考方法は受動的にひとの集まる〈場〉でひとが醸し出す空気のようなものを写し取ろうとするものだろう。

その意味では「存在」そのものがどこか幅をきかせている、同じように映像機器(写真器)を持ち歩いているアキラとは対称的な位置にある。

しかし、語り手である「ぼく」はアキラもゴンタもその他多くのちょっと浮世離れしているようだが、魅力を秘めた登場人物たちを、ゴンタの思考方法に慚近するようなかたちで、丹念に描きだしている。

終盤の、複数の主体が等価に混在しているかのような「会話」のやりとりを、海の波のようなゆきつもどりつするような「溶解」ととるか、〈場〉における複数の主体たちの集合離散ととるかは読み手の関心にそって分岐してくるだろう。

ちなみにぼくは後者ととった。

                                 2008.6.8.

風邪っぴきと終りの季節

風邪をひき、治ったと思い油断していたら、ぶり返しこじらせ、ここ二三日ベッドから出れずに居る。
紅茶に蜂蜜を阿呆ほど投入し、飲んでいる。からだは温まるが、おそらく風邪が治ったころには、からだに重みを感じるだろう。

ベッドの中で特段することもなく、かといって頭がぼうっとしているため本も読めず、最近読んだ本のことなどを反芻している。

佐藤泰志の『そこのみにて光輝く』('89)をぼくは存外、面白く読んだ。
詩情の季節というものは、おそらく誰にでも到来する。それを青春と呼び換えても良い。
ただ、この季節に足を踏み入れているものは、それが稀有な時間であることに気づくことはない。
目の前にやってくる、ひとつひとつの出来事や出合いに必死になって対処し、関わっていくだけであり、それはほとんど苦悶であり、幸福といったものとは程遠い。仮に、幸福であり、稀有であると感じられるとしたら、それは既に過去として、凝固された後だ。

佐藤泰志の件の小説においては、そういった詩情の季節の終りが描かれている。

青春の終る季節。その過渡期の描き方として、非常に説得力があるように感じた。
主人公の男は、まるで受け身である。身を賭すことをすでに諦め、かといって何か新しいものを待望する(そんなものはやって来はしないのだ)訳でもない。たまたま、パチンコ屋で百円ライターをやったという縁から、バラックに住む姉弟とその家族の生活に巻き込まれていく。この一家族は、街の開発に反対し、バラックを終の棲家とすることを決め込んだ部落の人間であるのだが、男はその「被差別」という否定性に魅かれていく訳でもなく、かといってそれを肯定性に転化して関係を取り結んでいく訳でもない。ただただ、その家族に巻き込まれ、自らの欲望(千夏という姉への欲情)を単純に肯定していくのだった。ここに至る過程には、それまでの人生で培ってきたバランス感覚と、それを意味のないものと考えるある種の捨て鉢な態度が混在している。そこが、この小説の最大の魅力といっても良いだろう。

確かに、人物の造形のうえで文句をつけたくなるところはある。この男の、ある種のマッチョさ。それも豪放磊落といったそれではなく、機転がある程度利くうえでの、マッチョな態度は鼻につく部分もある。しかし、仮にこの主人公になんら共感できる言動や思考のあり方がなかったとしても、ひとつの終りの季節をこのような形で結晶化している点は、やはり面白いと感じるし、何処か身に詰まされる。キャラクターや舞台設定の古風さを超えて、個的な「一季節」が描き出されているから。

鼻水が止まらず、また咳も酷い。
わたしは、今月で29歳になった。特に感慨はない。
詩情の季節などとっくに終っている。
しかし、終りの季節をこの小説の主人公のようには迎えないだろうという予感はある。

やはり、幾らある種のリアルが描かれているとはいえ、フィクションはフィクションだからだ。そこにフィクションの魅力もあり、弱さもある。わたしの人生にはもはや、ドラマなど現れるべくもないし、風邪をひいたり、それでも飯を作ったりしながら、その日その日を淡々とやり過ごしていくだけである。

中平卓馬『キリカエ』展に関する覚書

そこは30畳ほどの、奥行きのある長方形の、真っ白な空間であった。
四隅をピンで留められた写真たちがぶっきらぼうに並んでいる。

草木。
ドラム缶から立ち上る火。
テトラポッドに打ちつける波。
日に焼けた男の路上で眠る姿。

これらはまごうことなく、写真であった。
色が濃い、草木の葉がやけに肉厚にみえる。

あたかも、近視眼の人間が世界を食い入るようにみているようだ。
しかし、カメラという機械を通したとき、近視眼の人間は、焦点が世界全体に及ぶことを知る。
そうして、写真のなかのさまざまな〈物たち〉がにわかに音を立て始める。存在を主張する。

写真に封じられた、ひしめき合う物質たちの、雑音がとても眩しい。

また、プリントされた写真は、それが本来紙であることを思い出したかのように、ピンで留められたまま撓んでいる。

中平卓馬『キリカエ』展。
通常の写真の展示という感じが全くしない。

二重の意味での、物質としての写真たちが、あられもない姿態を露呈しているのだった。

                 (2011.5.22 心斎橋 sixにて)



http://osirisnews.blogspot.com/2011/03/blog-post.html

『わたしたちの夏』(2011 福間健二)について。

ポレポレ東中野で、『わたしたちの夏』という映画をみてから、きっかり五十日経っていた。その間、わたしは、毎日の生活を送り、詩を二篇書いた。ごく短いものを。

そうして、五十日後の十一月五日、今度は十三の第七藝術劇場で、ふたたび同じ映画をみた。

映画と伏線。この関係にはおそらく二つのものがある。ひとつは、映画のなかで示される伏線が、映画のなかで解消されるもの。もうひとつは、同じ伏線といえども、それがスクリーンを越えて、こちら側に辿り着いて来るもの。

この『わたしたちの夏』という映画は間違いなく、後者に属していると思うのだが、どうだろう。たくさんの支流が流れ込み、ひとつの大きな河ができる。その河の流れは、いったん地平のしたに流れ込み、伏流となってわたしたちの現実、わたしたちの生活のほうへと溢れだす。そう、つまりスクリーンのうえで生きられ、呼吸されたものが、こちら側まで、スクリーンのそとまで滲みで、劇場を出てもわたしたちを放さない。その時、たぶん路上の風景も違っている。

それは、単に映画のなかで、9.11についてインタビューに応える男のシークエンス(この場面での、受け応え。例えば「死んだひとを愛し続けるのは難しいと思う。だって、死んだひととはもう二度とことばを交わせないから。」ということばは、映画の重要な伏線であり、わたしたちにとって重要な伏流だろう。)が挟まるからではない。また、八月十五日について、それが終戦の日ではなく、敗戦の日だ、と語り続けた祖父の話をする女や、広島に育ち、この夏の時期になると、親類にどういう惨状であったかという聞き取りを学校の課題として繰り返し行い、何故そういうことを行うのかはっきりとはわからないままも、普段の川が違ってみえるようになったと語る女たちが、「あたかもドキュメンタリー映画のように」登場するからでもない。

むしろ、そういったことばを語るひとたちの存在と、かつての恋人と再会しやがてその死に直面する主人公、千景(吉野晶)や、彼女を「嫌いではなく、苦手だった」と語る、恋人の娘、サキ(小原沙織)、そして、サキの父親であり、千景のふたたびの「夏の恋人」となる庄平(鈴木常吉)の三人が織りなす、それぞれに葛藤と現実を抱え込んだ物語とが、全く同じ地平に立っているからだ。繰り返すならば、それは、物語のなかにドキュメンタリーの場面が入り混んでいるが故に、「現実」味が増すのでは全くない。(そのようなものは、まさに現実に味つけが可能であるかのような錯覚からしか生まれないんじゃなかろうか。)そうではなく、千景の夏も、サキの夏もそして庄平の夏も、それぞれに生きられながら、先程あげた男や女たち、そしてまた駅の構内や通りを行くひとびもまた、同じ夏を生きているのだ。それは、ひとつの地平の、創出といえるだろう。

地平の現れ。それを可能にしているのは、まず間違いなく、登場する役者たちが、スクリーンのなかでしっかりと呼吸しているからだろう。千景やサキや庄平が、それぞれの現実に絡めとられそうになりながら、そこに在ること。不思議なことに、彼、彼女たちがしっかりとそこに、「個」として立っていればいる程、わたしたちは容易に感情を移入することはできなくなる。それは、わたしたちが、同じように「個」として在り、呼吸し、この地平に立っていることを意識させられるためだ。それ故に、安易に「わかる」ということが拒まれる。

たしかに、三人の辿る軌跡を物語と呼ぶことはできるだろう。しかし、物語を語るためにひとが存在するのではなく、ひとが交わるさきに物語が生まれるのだとしたら、まさにこの『わたしたちの夏』は、<わたしたち>、<わたし>や<あなた>の織りなす生の似姿なのだ。そのことこそが、この映画の生きている時間とわたしたちの生きている時間を地続きにする。伏流となって、わたしたちの生になだれ込んでくる。

決して、映画は物語に還元されないし、またわたしたちも、抱え込んだ物語にのみ還元されて生きはしない。そう、何かが「どうしても余ってしまう」のだ。

(この項、続く)