ロスタイム

己れ、にだけ
忠実であろうとした女の
左腕は今朝 彼等の海へと
絡みついたままもげ 
その、断面からは黒く冷たい
叫びごえが鳴って
ロスタイムの合図とする


 *
あんたの絶望の浅瀬で
いまにもうちは溺死しそうだ
確かなものはすべて 白く
まるいパン皿のうえに横たわってる
脱ぎ散らかした膚を
気にかけながら 性交に
狂って(る場合でなく)、うちは 
ざわつく歓喜をことごとく
踏みつけにした


 *
大衆商品やからさ、うちら
その感情の等価物など
この世に存在しない 
歴史は苦手やった 日本史とか
うちを勉強させるために
平城京は遷都し、長宗我部は統一した
歴史の事実とかいうの、あれ
うち全部架空のことやと思っとる
うちを勉強させるための
それでも音楽は実在した
ちっちゃいころから、うちピアノ
弾いとったから、わかんねん
バイエルも鍵盤もバッハもメトロノーム
ちゃんと、実在しとった
(うち、わかんねん)


 *
おれたちが叩いた
鍵盤はまもなく
白も黒も発火し
奴等の海では
調律がたいへん清らかで
優しい、(おまえの)絶望の
浅瀬では 白い
パン皿に亀裂が入って 膚が
いっせいに零れ 性交のまほろ
ついぞ合一など不可能であって
剥き出しの骨と骨とが
かちかちと鳴っている、それを(二度目の)
ロスタイムの合図とする